シューベルト、こちらへ

Du mußt es dreimal sagen.
「おはいり」、とファウストは3度言わなければならなかった。
オペラ「ルル」原作の冒頭の長台詞においても、ヴェーデキントは「おはいりなさい」と3度、猛獣使いにいわせている。

ウェーバーの「舞踏への勧誘」でも、大変に長い3度目の「おはいり」のあと、ようやく舞踏会への入口が開かれる。

ベートーヴェンも2度目の脅しつけるような「おはいり」のあと、3度目の「おはいり」が長く、そのまま追っかけ合いの舞踏会に突入する。

“シューベルト、こちらへ” の続きを読む

ショパン、ベートーヴェン

ショパンには2歳年下の妹がいた。

名はエミリア。音楽のショパンに対して、文学のショパンともなるべき才能を若くして示した彼女は、兄フレデリクとともに「文芸娯楽協会」を立ち上げ、会長に就任した兄の秘書を務め、演劇の台本を書いて共に演じた。

兄との共作「失策、あるいは見せかけのペテン師」では、迫真の演技で市長役を演じる兄フレデリクの横で、エミリアは作者役として座っていた。エミリアは人を笑わせることが得意で、病弱な兄とは違って常に快活であったのに、14歳にして結核にかかり、そのまま回復することなく2か月後に死んでしまった。 “ショパン、ベートーヴェン” の続きを読む

モーツァルト、最初のピアノソナタ

なぜ、あの一度の人生があり得たのに、再び、もう一度あの人生があり得ないのか。

誰の教えを乞うこともなく、考えに考え抜いて、遠くに日が昇り始める頃に、すでに使い切った真っ白な頭で眠りにつく。

ノスタルジアは、それを経験した人にとっては、まさにそれが自分の人間であることに気づいた初めであったかのような感覚のことであり、孤独を生涯の友として歩き始めたことの記憶の全てなのだ。 “モーツァルト、最初のピアノソナタ” の続きを読む