1817年、シューベルトは自由になった。
自由になると同時に、作曲しかやることがなくなった。
自由を手に、思い立ったようにシューベルトはピアノソナタをたくさん書きはじめて、そのうちの少なくとも4曲を完成させた。そのころ、ベートーヴェンは「ハンマークラヴィーア・ソナタ」に取り掛かっていた。
生涯の友、ヨゼフ・シュパウンとフランツ・ショーバーは、自由になったシューベルトを我が作曲家として、援助を惜しまないだけでなく、重要な創作のパートナーにもなった。
2月シューベルトが画期的な歌曲「死と乙女」を書くと、その翌月にシュパウンは「若者と死」の詩を、ショーバーは「楽に寄す」の詩を続けて書き、シューベルトはその2つの詩に寄せる音楽を瞬く間に書いた。
いずれもこの世ではないところに連れ去られる歌であり、二人は “待ち続ける、シューベルト” の続きを読む