優しき歌

「黄昏に対する好み、口先まで出かかった言葉を告白を言わずにおく恥らい、本性からの優雅さ… 感性にしかと結びついている不分明な神秘的なものを漂わすあらゆるものへのへの好み…」
フォーレと共通する点を多く持つ詩人の手による作品であるとして、1冊の本がフォーレに手渡された。

そういってフォーレにヴェルレーヌの作品を紹介したのは、プルーストの最も重要な庇護者であったモンテスキュー伯爵であった。「その詩に曲をつけたくなる稀有な」詩人を発見したフォーレは、その手渡された詩集「華やかな宴」中の「月の光」に、画期的な音楽を付した。

「みずみずしく、物寂しい風景の描写、その雰囲気と気分。そこに和声を響きを加えることで、素描としてそこにあった、深い心情を際立たせることが出来る」可能性を発見したフォーレは、まさに岩に染み入るような浸透性を持った、透明な音響を次々に生み出していった。

そして、当時懇意にしていたエンマ・バルダック(のちのドビュッシー夫人)のもとに通ううちに、ヴェルレーヌによる不滅の恋歌である「優しき歌」を、音楽としても不滅とするインスピレーションを得ることになる。

エンマ・バルダックは、当時のどのような先鋭的な作品でも初見で歌ってしまうような卓越した歌手であり、フォーレの「優しき歌」はまさしくバルダックとの共同作業によって、「いまだかつてないほどに、自然に湧き上がるように」書き上げられ、バルダックにより初演された。

「優しき歌」は、当時すでに「ペレアス」を書き始めていたドビュッシーをして「複雑に過ぎる」と言わしめ、音楽の方面からは拒絶される反面、プルーストなどすでに新世紀の精神の産声を上げていた文学の方面からは絶賛をうけ、詩の表現としての音楽の誕生を宣言し、一つの新たな地平を切り開いた。

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「優しき歌」抄訳

1.
言葉が含む、優雅さと愛のすべて
無垢の白 勝ち誇るほほえみ
彼女のカロリング朝風の名前のうちに そのすべてが聞こえる

2.
幸福がすべて ぼくのものになろうとしている
優しい焔のきらめく 美しい目に導かれて
はかどらぬ道をまっすぐに歩きながら、ぼくは歌う
あのひとは 不愉快な顔もしないで この歌を聴いてくれるだろう
ぼくは それ以外の楽園を求めない

3.
白い月
虹色に染まった星空から
広大なやさしい憩いが 降ってくるようだ
この上なく美しい時間

4.
ぼくは 不実の道を歩いていた
なつかしい君の手が ぼくの導き
遠い地平線に かすかな希望が光っていた
君のまなざしは朝

5.
きみのひとつの言葉 ひとつのほほえみが
今後は ぼくの法律となってゆく
きみが好きだ きみが好きだ
いかに陰鬱な思いが繰り返されようとも
限りない希望を通して きみを見ていたい

6.
あおざめた暁の星 おまえが消えてゆく前に
まだ眠りからさめぬ恋人の 甘い夢のなかで
おまえのまなざしを 詩人のほうへめぐらせておくれ
ひばりは のぼる陽とともに 空に向かって舞い上がる

7.
ある明るい夏の日 太陽はあなたをさらに美しくうつす
青ざめた二人の幸福な額のうえ 空高くはられた天幕のような青い空
夕暮れの 愛撫するようにたわむれる風
やさしく ほほえみかける星たちのおだやかなまなざし

8.
楽しく 急がずに
微笑む希望が 私たちに指し示す謙虚な道を
人に気づかれたり見られたりする心配もなく
二人の心は、安らかな優しさを呼吸しながら
夜に歌う二羽のウグイスとなる
子供のような魂をもって

9.
冬は終わった
大気の中に散らばった 限りないよろこび
春のみどりが 炎が炎を包むように ぼくの理想に理想を重ねる
春 夏 秋 冬
ことごとく希望のかなえられた今、すべての季節が魅惑的なものになる
君を飾りあげる この理想 この理性!

・・・・・・・

2015年11月12日(木)20:00開演
「優しい歌」
ソプラノ:日下部祐子 ピアノ:佐竹裕介
http://www.cafe-montage.com/prg/151112.html