バッハのパラドックス

音楽の起源はなんだろうか。
それは音楽が初めて作られたときのことなのか、それとも初めて聴かれた時のことなのか。

例えば、バッハのシャコンヌを人々がいつ初めて聴いたのかなどということは、誰も答えることが出来ない。バッハ自身は、確かにシャコンヌを聴いたといえば聴いたのだろう。しかし、そのシャコンヌは私たちが知っているシャコンヌとは別のものであったかもしれない。楽譜通りに演奏するということが至上命題だとしても、その楽譜は一度聴かれない限りは人の手に渡らないのだから、私たちの知っているシャコンヌはバッハ以外の人によって「聴かれた」シャコンヌであるということは、動かしようのないことではないだろうか。

1840年、ヴァイオリニストのフェルディナント・ダヴィッドがコンサートでバッハのシャコンヌを演奏する際に、友人のメンデルスゾーンがピアノに座って「自由な形式で」伴奏をつけたという記録がある。
フェルディナント・ダヴィッドは、その3年後に校訂譜としてはおそらく最初となるバッハの無伴奏ヴァイオリン作品 全6曲の楽譜を出版した。

その以前にも、バッハの無伴奏作品は出版されていた。有名なものはジムロック社による1802年の出版で、出版社の社長ニクラウス・ジムロックの親友であったベートーヴェンはおそらくその時点で楽譜を入手していた…その証拠があるだろうか?
翌1803年に完成されたヴァイオリンソナタ 第9番 「クロイツェル」の冒頭、その奥に無伴奏パルティータのサラバンド(Sarabande)、もしくはルール(Loure)を聴くことが出来るのであれば、それが証拠になるかも知れないけれど、音楽がそのように「聴かれること」がない限りはそこに何らかの意味を見出すことは出来ない。

そのすぐあと、いつから書き始められたかは不明ながら1806年には完成され初演を迎えたベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲が、1800年から相次いだバッハ作品の出版事業と関係があるかどうか。ソロ冒頭から延々と続くバロックの紡ぎ出し技法について、いくらここで書いたとしても、この協奏曲がそのように「聴かれること」がなければ、それはまだ歴史上の出来事ではない。

それでは、そのようにベートーヴェンが「聴かれたこと」があったかどうか。
おそらくその証拠といえるものが、1847年に出版されたメンデルスゾーン編によるバッハの「シャコンヌ」ではないかというのが、今回提出したい議題でなのある。

フェルディナント・ダヴィッドの演奏におそらくほぼ即興でピアノ伴奏をしてから7年後、つまり1847年。その年に生涯を終えることになるメンデルスゾーンはピアノ伴奏版「シャコンヌ」の決定稿を出版した。

「聴かれたこと」のない歴史からすれば、もともと「無伴奏」として書かれている作品にわざわざ「伴奏」をつけるのは余計なことではないかというのが、もっともな意見である。しかしそれは、音楽が「聴かれたもの」から出来ている側面については顧みない意見なのではないだろうか。

実際に聴いてみよう。そこにはまずベートーヴェンが現れる、そして、ベートーヴェンが聴いたバッハが顔を出す。そのような体験をしてしまうことが、そのまま「大バッハその人」の業績を軽んじることにはなると言われてしまうと、もうここでは何も書くことがなくなってしまう。

メンデルスゾーンの死後、それまでバッハを彼とともに聴いてきたロベルト・シューマンがその仕事を引き継いだ。1853年、シューマンはバッハの無伴奏ヴァイオリン作品 全6曲のピアノ伴奏版を出版した。
これもいまだ「聴かれること」の少ない版ではあるが、ピアノの部分だけを聴くといかにもシューマンの音楽であるにも関わらず、全体的には不思議とこれまでに聴かれてきたバッハの原型を感じ取ることが出来る。

ここには、少し頭が混乱するパラドックスが提示されている。
つまり、シューマンその人がはっきりと刻印されているピアノ伴奏を加えることで、バッハの無伴奏作品がよりバッハらしく聴こえるのであれば、いま自分の聴いているバッハは、シューマンの音楽として「聴かれ続けてきた」バッハということになるのではないかということなのだ。

一度こう書いただけでは、何が何だか、自分でも整理がつかない。
別の言葉で、もう一度書いてみよう。

音楽が「聴かれてきた」歴史に加えて、作品が「書かれた」歴史があると、ここで想定してみる。
そして、例えばベートーヴェンの「クロイツェルソナタ」を演奏されるのを聴くとする。Adagio Sostenutoをこれまで「聴かれてきた」より30%ほど早く、そして続くPrestoを今度は30%おそく聴いてみると、そこに現れるものは「ほぼ大バッハ」である。でも、それだと自分にとって「面白くない」のだとすれば、それはおそらく「聴かれてきた」歴史観がそうさせているに過ぎないのではないだろうか。

1856年、ロベルト・シューマンの死を悼む演奏会においてヨーゼフ・ヨアヒムがバッハのシャコンヌを演奏する、その横に置かれたピアノの前にブラームスが座り、シューマンが書き残したピアノ伴奏を弾きはじめたとのことである。

その時、彼らはそこで何を聴いたのだろうか。

 

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2021年7月21日(水) &22日(木) 20:00開演

ヴァイオリン:石上真由子
ピアノ:江崎萌子

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