ブルックナー交響曲第8番は、第23小節目から始めれば「魔王」
そのようなことに気が付き始めたのは、つい最近のことだ。
ブルックナーの魔王は、はじめは遠くにうろうろしている魔王が見えてなんだか「気味が悪い」と思っていたら、いきなり目の前に、思ったよりも大きな姿で現れて連れていかれてしまう。
そしてシューベルトの場合は、いきなり魔王が現れて、連れていかれる。
ブルックナー作品の成立については、まだまだ書くべきことはあっても、ここでは書かない。なぜならシューベルトの成立について考えているうちに、頭がブルックナーの方角に行ってしまうことを、なんとかしたいと思っているのだから。シューベルトがいつでもいきなりなのは、どうしたことだろう。たぶん、自分には何かが見えていないのだ。
19世紀には、21世紀のいま私たちが考えているようなクラシック音楽というマーケットは存在せず、音楽の地図はまったく今と違うものであり、今とは違う中にもまたさまざまに異なる地図が何重にも存在して、ロマン派の天才の間を楽想が行き来する道は無数に張り巡らされていた。
音楽学の研究が進んで、少しずつ実際のことが分かってきた、ということもあれば、19世紀の当時には普通に見えていたものが、運命によって一度隠れてしまい、いまはまだ見えないままになっているだけだということも容易に想像できる。
あの時代に見えていたものは、完全に失われてしまったわけではない。
フランツ・リストは1846年にシューベルトのワルツを再構成して大作「ウィーンの夜会」を書きはじめたが、以前に書いていたシューベルトの「ハンガリー風ディヴェルティメント」の再構成作品にも手を入れて3つの「ハンガリーのメロディ」第2版として出版した。
リストは自身の再構成がシューベルトの作品を基にしての完全な創作であるという自負からか、「ウィーンの夜会」や「ハンガリーのメロディ」とオリジナルの出版タイトルをつけていたが、ここで、ひとつひっかかることがある。
というのは、シューベルトのオリジナルである「ハンガリー風ディヴェルティメント」という作品には、シューベルトが書いた「ハンガリーのメロディ」という小品が使われていて、その小品は佐藤卓史さんの曲目解説によれば、1925年にはじめて発見されたのだという。
ここで思ったのは、果たしてリストは「ハンガリー風ディヴェルティメント」がこの「ハンガリーのメロディ」に基づいていることを知っていて、自分の再構成作品を「ハンガリーのメロディ」と題したのかどうか、ということである。
そしてもう一つ、リストは3つの「ハンガリーのメロディ」として三分冊でシューベルトの「ハンガリー風ディヴェルティメント」を再構成出版したのだったが、そのうちの一つがシューベルトの「ハンガリーのメロディ」によるものだとして、あとの二つもそうなのだとすれば、少なくともリストがこの再構成をしたときには、シューベルトの手によるあと二つの「ハンガリーのメロディ」が存在したということは考えられないだろうか。
1925年にツヴァイクが「ハンガリーのメロディ」の自筆譜を入手して、新しくカタログに加えたらしい。そうであれば、なぜそれまでは発見されなかったのかという謎と、あと二つもしくはもっとたくさんの「ハンガリーのメロディ」をシューベルトが書いていたとして、それがまだ発見されていないという可能性だって否定できないのだ。
リストの「ハンガリーのメロディ」は、もともと連弾作品である「ハンガリー風ディヴェルティメント」をピアノ独奏に再構成したもので、音を余すところなく鳴らしきるリストの芸術は、すでにストラヴィンスキーの「ペトルーシュカの3楽章」と並ぶような雰囲気がある。
そして、シューベルトの生前にすでに出版されていた「ハンガリー風ディヴェルティメント」がもしかしたら、「幻想交響曲」を書く前のベルリオーズの知るところであったかもしれないということも、リストの再構成を通してさらに思い起されるのだ。
初期ロマン派の徒が、自分たちのほぼ「10歳年上のお兄さん」でしかなかったシューベルトの作品をどのように扱ったかということは、彼らそれぞれの芸術の成立を見る上で欠かせないのと同時に、ロマン派に組み込まれたシューベルトを透かして見ることで、19世紀半ばころまでの音楽地図が少しずつ見えてくる気がするといっても、間違いではないような気がする。
メンデルスゾーンとショパンが、どのようにシューベルトを扱ったか。それはいまでも作品の上から検証可能で、そこには隠されたままの世界地図が埋まっている。
シューベルトの謎は、まだまだこれから解き明かされるだろうし、音楽はどこまでもその地図を広げていくだろう。
未来には、もっともっと多くの体験が待っている。
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2020年11月30日(月) 20:00開演
MEISTERINTERPRETEN
小倉貴久子:ピアノ
佐藤卓史 : ピアノ