作曲家は 早く死のうが長生きしようが、晩年に完成する。
それは本当なのだろう。
しかし、シューベルトの到達点のひとつとして『幻想ソナタ』をみていたロベルト・シューマンが、はじめて最後の3つのソナタが登場した時、それを見て瞬時にシューベルト創作の後退と認識し「作曲家の初期の作品と取り違えかねなかった」と言ったことの意味を考えると、晩年に完成するシューベルトの物語が、ロマン派においては今と違う形であったことが分かる。
ともかく、死んだ作曲家の伝記が書かれるにあたって、その晩年の完成、つまり作曲家の死という到達点にドラマを導かなければいけない都合から、次々と登場する作品の上に、あまりにたくさんの未熟もしくは未完成な作品というラベルが使われることになって、それが乏しい作品批評を補完してしまって、人々を長きにわたって頷かせてきた。
シューベルトが残した『5つのピアノ曲』などは、それが1816年、つまりシューベルト19歳の時の作品であると位置づけられると同時に、未熟および未完成の仲間入りをさせられてしまって、よほどのことがない限り誰も振り向かない。
しかし、この作品はシューベルトの最高傑作とされる『幻想ソナタ』と並ぶことが出来るだけでなく、最後のイ長調ソナタだけでなく、なぜかショパンのピアノソナタ第1番や幻想曲まで登場してしまう、巨大なロマン派ドキュメントなのである。
1843年、つまりシューベルトの死から15年後に「議論の余地のない確かな方面から合法的」な原譜をもとに『5つのピアノ曲』として突如出版された。その原譜は現在行方不明だが、現存するシューベルト自身のいくつかのスケッチから、それらが1816年頃に書かれた習作の寄せ集めであると研究者によってひとまずの決着をつけられ、伝記作者によってシューベルトらしい、未熟な未完成作品であると位置づけられた。
しかし、これらの5つの楽章は、とてもそんなことでは言い表すことのできない謎を語っている。シューベルトの『幻想ソナタ』は1826年、最後のソナタは1828年、ショパンのピアノソナタ 第1番も1828年、ショパンの幻想曲は1841年、そしてシューベルトの『5つのピアノ曲』が出版されたのが1843年。
音楽作品はいつでも晩年完成の物語を支持するとは限らない。
未完成の作品がはたしてどこかで完成していて、その楽譜がかつて存在していたかも知れないという、特にシューベルトにおいては大きくならざるを得ない疑問の答えを、この『5つのピアノ曲』は謎の形で提示しているのではないかという気がしてならない。
こうしてシューベルトの影がまた大きくなっていく。
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20年2月19日(水) 20:00開演
「5つのピアノ曲」 ― シューベルト ピアノ作品全曲シリーズvol.16
ピアノ: 佐藤卓史
https://www.cafe-montage.com/prg/200219.html