謎めいた大作として知られているブゾーニのヴァイオリンソナタは、ひとつにはバッハのコラール、そしてもうひとつにはベートーヴェンのOp.109であるホ長調のピアノソナタに範を求めているのだという。
バッハについては旋律がそのまま作品中に出てくるのけれど、ベートーヴェンについてはその「緩-急-変奏曲」の形式に倣ったとだけあって、とまどってしまう。
「緩-急-変奏曲」の形式に倣ったという意味では、ベートーヴェンのOp.109自体がおそらくはヘンデルのホ長調組曲「鍛冶屋」に範を求めている。つまり「前奏曲 – アルマンドとクーラント – 変奏曲」 という形式。言い換えれば、この作品はベートーヴェンによる「イギリス組曲」だということになる。
ちなみにベートーヴェンが最初期に書いた唯一のオルガン作品は、この有名な「鍛冶屋」変奏曲のテーマを使用しているけれど、二つの音からの紡ぎだしで始まるヘンデルの前奏曲が、ベートーヴェンの手によって齎されたOp.109の大胆な飛躍は、ロマン派にそのまま受け継がれることはなく、長く深い眠りについていた。
長い眠りの末、ベートーヴェンのOp.109に真正面から取り組んだのは、やはりブラームスなのであった。ブラームスの交響曲 第4番(ホ短調!)はバッハのカンタータの旋律をデフォルメした変奏曲から構想がはじまったという。そして、二つの音からの紡ぎだしで開始する第1楽章をベートーヴェンのOp.109と重ねてみる。
…ここまでくると、ブゾーニが自身のヴァイオリンソナタ 第2番(ホ短調!)がブラームスの交響曲に倣っていることを、まさしくブラームスの口上に倣った説明の仕方で語っているということがわかってくる。
鍛冶屋の組曲 – ベートーヴェンのOp.109 – ブラームスの交響曲 第4番。
これはブゾーニのヴァイオリンソナタという海に注ぎ込まれている、ひとつの河川にすぎない。海を満たすもうひとりの巨人、フランツ・リストの名前をここにあげることでも、その水脈の数えきれないことがわかる。
ベートーヴェンのOp.109の話をもう少しだけしたいのだけれど、ブラームスは晩年の7つの幻想曲の第4曲目、やはりホ長調の間奏曲でその紡ぎだしを想起させている。その方法は新ウィーン楽派に受け継がれた。そして、「夜のガスパール」においてラヴェルが水の精に歌わせているのは、おそらくこの変奏曲なのだ。
ひとつの作品を思い出すということは、川の水面に自分を映し出すことである。
手招きをする小川に落とした涙によって、水車屋の娘に見放された若者たち。その流れに身を任せたロマン派の物語を受け入れる広大な海を、ブゾーニはひとつのヴァイオリンソナタとして作りあげた。その冒頭、二つの音が響き渡る。
ヘンデルが鍛冶屋のインスピレーションを得たとされる人物を記念する壮大な墓碑がイギリスにあって、そこにはこう書いてあるそうだ。
「愉快な鍛冶屋ことウィリアム・パウエルは、不滅のヘンデルが当教会のオルガニストであった頃、牧師だった」
・・・・
19年3月19日(火) 20:00開演
「ベートーヴェン&ブゾーニ」
ヴァイオリン: 漆原啓子
ピアノ: ヤコブ・ロイシュナー
http://www.cafe-montage.com/prg/190319.html