モーツァルトの音楽には二つの歴史がある。
一つは、それが作曲者の手によって書かれたことの歴史
そして、それらが世に知られるようになったことの歴史
1775年にミュンヘンで一息に書かれた6つのピアノソナタは、その為にお金を払う人もなく、長らくはまったく知られることのなかった作品であった。第1番から第5番までのソナタが出版されたのはモーツァルトの死後、1799年のこと…その前年にベートーヴェンは「悲愴」ソナタを書いていた。
1800年に向けて、出版社ブライトコプフが出版を続けていたこの世で初めてのモーツァルト全集、そこで人々は初めてモーツァルトという作曲家の全貌を知ることになった。その同時期、モーツァルトの親友であった出版社ホフマイスターが、これも世で初めてのJ.S.バッハ全集の出版を始めている。
ここから先は言わなくても分かる… などとは言っていられない。
1800年、バッハとモーツァルトが突如ウィーンに出現して嵐を巻き起こした、その瞬間こそが、いまクラシック音楽として知られている音楽の起源であり、そのほぼ全てなのである。
それ以来、音楽を聴く全ての耳に、この1800年の記憶が息づいている。
いま目の前にあるのは、それ以来続く物語のいまだ途中であって、人は時間を行ったり来たりしながら、シューマンやブラームス、セザール・フランクにシェーンベルク、様々な人が伝えてくれた筋道を追っているのだ。
シューベルトが伝えてくれる物語は、例えば6曲のうちで唯一モーツァルトの生前に出版された第6番ソナタ K.284の第2楽章とD850の第2楽章冒頭のつながりに潜んでいるし、なにより第5番ソナタ K.283の第3楽章とD.959の最終楽章、第4番ソナタ K.282の第1楽章とD.960の第1楽章へのつながりの間に息づいている。
ベートーヴェンが「フィデリオ」を書くのと同時に、モーツァルトの物語を自分の形として伝えていたことについてはすでに少し書いた。
https://www.cafe-montage.com/wordpress/2018/05/31/rasumovsky
ブライトコプフの全集を手にしたベートーヴェンが、モーツァルトのピアノソナタを追った形跡をかすかに読むことができる一連の流れがある。モーツァルトの1番と2番と同じ調号を持つ、ハ長調 作品53とヘ長調 作品54であり、その後に作品54を反転させた形で書き始められた大作 ヘ短調 作品57である。
22番のソナタについて、21番と23番の間に挟まれた目立たない作品、と決めつけてしまうのは自由だけれど、一度この22番が親の物語であり、23番はその子の物語だと思って観察してみると、親に続いて子の物語が劇的かつ壮大に語られる手法はまさにロマン主義的、大河小説的展開だと見えないだろうか。
そしてその2つの作品を、ベートーヴェンは21番のソナタを書いて「ハイドンの手からモーツァルトの精神を」と励まし自分をウィーンに送り出した、ワルトシュタイン伯爵に捧げた後に書いたのだ。様々な時間の流れ、その重ね合わせから浮き上がってくる、これが歴史というものではないだろうか。
最後に唯一モーツァルトが生きているうちに出版された第6番のニ長調ソナタ K.284について書いておきたい。すでに1775年の段階で破格の規模と内容を持つこの作品を書いてしまったモーツァルトは、この作品を2度生まれ変わらせている。
一度は母と連れ立ってパリに向かう途中のことで、モーツァルトはまだ人から理解される時の来ない第6番ソナタを、そのままのニ長調で、その時代に合わせた様式で書き換えた。それは1782年に出版され、今では第9番 K.311として親しまれている。
そしてもう一度は1784年、K.333として親しまれている第13番ソナタとヴァイオリン独奏付きのピアノソナタ K.454という二つの変ロ長調の作品と共に、「新作として」出版するために第3楽章のいくつかの変奏曲において装飾音を書き足した形。いま第6番 K.284として親しまれているのは、この版を元にしたものである。
ところで、K.284のソナタの第1番には上に挙げたのとは別に、不完全な自筆第1稿というものが存在していて、モーツァルトとしては珍しい大幅な書き直しの例として、貴重な資料となっている。
ベートーヴェンは作曲活動をほぼ停止していた1815年、再びモーツァルトと向き合いK.284と同じ調号を持つチェロソナタ 作品102-2を書いた。それはK.284の長大な最終楽章が歴史の一つの転回点に触れた瞬間でもあった。
モーツァルトはフーガに寄らず、どうやって第6番ソナタ K.284の最終楽章を書くことができたのであろうか。
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2018年6月8日(金) 20:00開演
「W.A.モーツァルト」
ピアノ: 松本和将
http://www.cafe-montage.com/prg/180608.html