最後に弦楽四重奏曲を書くというのは、それが伝統であるとすれば、このジャンルの祖であるハイドンが始めたことでした。ハイドンは1803年に最後の弦楽四重奏の全4楽章中2楽章のみを書いて筆を置き、それが絶筆となったのでした。
そのあと、私の知る限りではベートーヴェン、メンデルスゾーン、フランクがそれぞれの人生の最後に弦楽四重奏曲を書いています。
フォーレは自身の妻に宛てた手紙の中でこれが自分の最後の作品であることを仄めかしていて、この第2楽章のスケッチの中にハイドンの没年である1809から生誕年の1732を引き算した上で「77」と記入しています。その時78歳であったフォーレが引き算の結果を見てどう思ったのかはさておき、その伝統を意識していたことは確かだったようです。
この作品においてもう一つとても興味深いのはその第1楽章の主題です。これはフォーレはかつて自分が書き、しかし出版せずに破棄したヴァイオリン協奏曲の主題なのです。協奏曲ではAllegroとし、この弦楽四重奏曲ではAllegro moderatoと指定されたこの主題が、フォーレ晩年の透徹とした対位法を得てどのように展開するのか。今回の公演ではそうしたことも意識にいれた実演をお聴きいただくことが出来ればと思っています。
対話の極致ともいえるこの作品をどのように聴くことが出来るか。この8月にモーツァルトの弦楽四重奏曲「ホフマイスター」の素晴らしい演奏を聴かせてくださったメンバーが再集結します。
フォーレの没後100年、その命日にあたる11月4日の夜。皆様、是非カフェ・モンタージュにお集まりください!
― カフェ・モンタージュ 高田伸也