Cafe Montage

ラフマニノフのピアノ演奏との最初の出会いは1975年頃、小学3年生の頃でした。
ラフマニノフ生誕100周年の記念LPが当時のRCAビクターから発売(1973年)され、音楽好きな両親が当時としては豪華なアルバムを買ってくれた時からになります。このアルバムは今日でも大切に持っています。
当時習い始めたばかりの先生が、ラフマニノフやコルトー、リパッティやフランソワの演奏は絶対に聴くべきだ、と両親に話をしてくれたのです。正しい忠告だと思います。 それまでもピアノ協奏曲第2番やパガニーニの主題による狂詩曲などは耳で聴いて知っていましたし、幾つか楽譜も既に持ってはいたのですが、作曲者本人の圧倒的な演奏を初めて聴いて、子供なりに感動したことを覚えています。 SP盤の復刻とは言え、とても美しいリアルな音で、当時のストコフスキ＆オーマンディ/フィラデルフィア管弦楽団の濃厚な演奏にも興味を持ち、またラフマニノフのショパンやシューマンの演奏を、ドラマティックで魅力的なものに感じました。 そしてクライスラーとのソナタ集…そのまま現代のテイストに合うかどうかわかりませんが、あの時代を生きた人間のみが持つ空気感と表現がありました。
様々な作品や演奏の様式(スタイル)を考えたときに、「ラフマニノフ」に関して、ある流派、特に第二次世界大戦以降の中央ヨーロッパの厳格なスタイルから見ると、作品としても演奏としても正当な評価がなされなかった時期があったように思います。 私がヨーロッパで勉強していた1980年代であっても、ラフマニノフというのは、非常に表面的な音楽だと強く論じる声もまだ残っていました。 私が尊敬する演奏家、クラウディオ・アラウ、レオン・フライシャー、アルフレート・ブレンデル、マウリツィオ・ポリーニは、ラフマニノフの演奏スタイルを、そして作品のスタイルを好まない(なかった)ことを知っていますし、所謂モラリスト的志向の強い音楽家に作品も酷評されていた事は確かです。 時にラフマニノフが取った態度や話した事柄が誤解され、冗談のつもりで言ったことが真に受け止められたり…伝説的人物にはよくあることかもしれません。圧倒的なポピュラリティーが、時に嫉妬を産む場合もあったのかもしれません。 またロシアでも、革命直後に国外に亡命した、貴族の血をひくラフマニノフの作品を公的には演奏出来なかった時期もあったと聞きます。 しかしその後長い年月が過ぎ、ラフマニノフの総合的な音楽家としての卓越した能力、作曲家のみならず指揮者、ピアニストとしてもすべての分野で一流であった事は、19世紀末迄の大作曲家/演奏家の系譜に連なるものとの評価が漸く確立しました。

生誕150周年を迎える今日、ラフマニノフが、最も演奏される作曲家の1人である事は当然とも言えるでしょう。 ラフマニノフ本人のみならず、ホフマン、ホロヴィッツ、ソフロニツキー、リヒテル、ギレリス、ルビンシュタイン、カペル、モイセヴイッチ、アシュケナージ等(リンパニー、バッカウアー、スレンチンスカ、ラレード等の女流ピアニスト、そして勿論もっと多くのロシアのピアニストを含めるべきかもしれません)、多くのピアニストが、ラフマニノフ演奏の「伝統」を作ってきました。
私が4年間薫陶を受けた師匠ホルヘ・ボレットも、ラフマニノフを得意としており、彼が若い頃ラフマニノフの演奏を何度もライヴで聴き、またレッスンも受けた様で、最高の演奏家だったといつも言っていました。 ラフマニノフの演奏は、誰とも似ていない、少しでも聴けば他の誰とも間違えることのない固有のサウンド、歌い回し、テクニック、本当の意味での芸術的個性があった、と繰り返し話していたのを思い出します。 ベネデッティ=ミケランジェリも、世界最高のピアニストの2人として、ヨーゼフ・ホフマンとセルゲイ・ラフマニノフを挙げています。 ヨーロッパに渡ってからの私の師匠であった、ボレットとはかなり異なる音楽的テイストを持つハンス・ライグラフも、ヨーロッパに客演していた1930年代のラフマニノフの演奏を聴いたと話してくれました。 願わくば1910年1月16日カーネギーホールでの、マーラー指揮ニューヨークフィル、そして1928年11月11日と12日のフルトヴェングラー指揮ベルリンフィルとの自作のピアノ協奏曲第3番の共演を聴いてみたかった、そしてもしもレコーディングが残っていれば…と思うのは私1人でしょうか。 きっとマーラーの指揮とラフマニノフのピアノの親和性は高かっただろうと思います。

今回の絵画的練習曲集作品33と39は祖国ロシアを離れる前の最後の作品です。
難曲揃いですが、ラフマニノフに、「まぁ悪くないな」と言われる演奏をしたいものだと思っています。

- January 2023