「このベートーヴェンの演奏会に寄せて」 - 上野真
今回のベートーヴェンリサイタルに際して、いわゆる交響曲「運命」やピアノソナタ「熱情」を作曲した厳しいモラリスト、熱血漢としての側面だけではなく、古典的で優雅で叙情的な、自然と人間をこよなく愛したベートーヴェン像も現れるようにと願い、プログラミングしました。
ベートーヴェンのソナタ全32曲は(現在は12~3歳の時に作曲した天才的なWoO47のソナタ3曲を合わせて、全35曲とする場合もあります)、全てが固有の内容、雰囲気、そして斬新さを持っています。
第2番、第15番「田園」は共にモーツァルトのピアノソナタにはなかった4楽章形式、当時の大きな交響曲作品に匹敵する内容を持っています。また作曲技法、書法的にも、高度な精密さ、完璧さを持っています。ほぼそのまま弦楽四重奏としても演奏できる程のものです。と同時に、この2曲の作曲年はそれ程離れていませんが(1796年と1802年)、イ長調の第2番は古典派の総仕上げ、ニ長調の第15番はロマン派の萌芽とも言えるかもしれません。「月光」と「テンペスト」の間に挟まれた典雅な作品です。
また第17番の「テンペスト」に関しては、よりロマンティックでピアニスティックと言えるかもしれません。感情の幅の広い、精神的かつ幻想的、神秘的な作品です。第3楽章はよく親しまれている曲ですが、実は大きなリズム上のミステリーが含まれています。できるだけテキストに忠実に演奏したいと思っています。
第26番「告別」は当時の歴史的な背景、そしてウィーンの風景を感じさせる作品。時間的には比較的短いものですが、全ての楽章が強固な一貫性を持ち、非常に充実した内容を持つ作品といえます。
先の見えない不安ばかりが脳裏をよぎる時代、偉大なドラマティスト、最高の意味での個人主義者であったベートーヴェンの音楽を、皆様と分かち合うことができることを嬉しく思います。